なんとなく25歳になりました。(暇人とシューリーファン専用記事)

どうも

シューリーです。

 

なんとなく今日、25歳になり

なんとなくこの誕生日という一般的には特別な日が終わろうとしている

江古田駅マクドナルド3階の窓際席

 

フェイスブックやその他連絡ツールを通じた

知り合いからのコメントによって誕生日の実感をちょっと渡される感覚である

非常にありがたい

そうでもしないと忘れてしまう

 

最近は会わなくても

手間をかけなくても

人に感謝の気持ちや言葉を届けられるようになった

本当にすごい時代だ

 

このツール達がなければ私はきっと

一度も「おめでとう!!」と言われずに誕生日を終えていただろう

なぜならここ半年間くらい人と会うことをせず、なるべく避けて来たからだ。

 

会うこともできず、ツールがなければ当然伝えることはできない

伝える方法を強いて言えば交通事故的遭遇をして吐き捨てる!

これくらいしかない

 

じゃぁなぜ人と会わないようにしていたのかと言うと

単純に

「自分の世界に没頭したかったからである」

それだけ

 

原因は以下の4つだ

・人を簡単に信じてしまう性格が災いしたこと

・自分が人とはズレている、違うと言う根本的な思想や世界観を見たいと言うこと

・コミュニケーションが得意だが好きじゃないこと

・自分のできる範囲で頑張ろう!!という思想に落ち着いた結果やらないことが一番やな!と思ってしまったこと

 

 

・人を簡単に信じてしまう性格が災いしたこと

 

私は昔から知り合いに「君は簡単に壺買いそうだよねw」と知り合い皆に

打ち合わせしたんじゃないかというくらい口を揃えて言われる。

 

大学生時代に一度路上で占いのおばあさんに止められて色々話しているうちに

どうやらおばあさんが売っている判子を買うといいらしいということで

判子を買う契約をしていたのだが、途中まで行って

「この契約のことは忘れて!今はんこ売り切れになったから!」とだけ言われて

帰らせられた。

 

そう。私は詐欺師に心配されるくらいに人の話を鵜呑みにしてしまう人なのだ

 

営業なんかかけられた日には割と簡単に「いいかもしれませんねぇ〜」なんて言葉を

玄人風に話し始めるw

最初は否定するのだが、どうも粘られると弱い

断れないのではなく、本当にいいものかもと思って来てしまう。

 

そんな私がフリーランスになり、自由に行動できるようになれば

ライオン達(営業)からしたら可愛い可愛い小さな鴨ですよ

この体格のいい私が!!!

 

みんないい人です。

人のためにと頑張っている人たちだ

でもねぇ

それは、自分の中にいる作り出したシューリーのために行っている提案であって

シューリーのための提案ではないんですよ。

「あなたのために!」と言ってくる人で私のためになったことはない。

 

私の知り合いからもらった言葉をここに記しておこう

 

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 自分が客観視できることはない

       どんだけ鍛えてもできるのは限りなく客観視に近い主観

                                S・K

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 現代の営業の本質は、人を騙して買わせること

    なぜなら生きる上で必要のないものを必要と感じさせて

                         買わせる行為だから

                                N・H

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まぁそんな諸々で

色々いい話を持ってこられるのが鬱陶しいんですよね。

 

・自分が人とはズレている、違うと言う根本的な思想や世界観を見たいと言うこと

 

私は幼い頃から人とずれていると感じることが多々あり、疑問と馴染めないという感覚を常時持っていることからいわゆる"普通"になることをずっと憧れに感じて過ごして来ました。

逆に言えば最大のコンプレックスですね。

数あるコンプレックスの中でも一番影響が大きいものです。

 

そして疑問を持つ中で一つ気づいたことは、コンプレックスの人の話は同じコンプレックスの人しか理解できないということ。

 

「当たり前でしょw」と思うかもしれませんが、

厳密にいうと"人と違う""個性的"ということを履き違えて認識しているに近いです。

見えているものが全然違うという感じ

 

だから自分のコンプレックスを同じコンプレックスじゃない人に打ち明けても

お互いの見ている視点が違うので平行線のまま解決には至らないですねぇ。

ラッキーヒットで解消のきっかけを与えることはあっても基本はラッキーヒットです。

 

"人と違う"に憧れている人の話を聞くと

それは全て後天的に付けた能力のことであって

先天的、または無意識的に備えた能力ではないのですよ。

 

何が違うかというと

後天的な能力 =努力をする毎に能力の部品をもらえる

先天的な能力=ブラックボックスの能力を押し付けられる

 

 

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どちらも能力を理解し高めていけば同じゴールにいくのだが、

先天的能力は

何がトリガーなのか

どれくらいの能力なのか

そもそもなんの能力なのか

がわからないので自分の思い通りに動かすまでに多くの時間が必要なのか最初から潜在的に使えるのかわからないのだ

 

私は、多くの時間を使い"人と違う"という能力に助けられ蹴落とされながら一緒に理解を深めていった

 

私はこの能力を"偉大な悪魔的能力"だと思っている

 

"人と違う"という能力のメリット

・とにかく一瞬にして目立ち、気を引き、人気になり注目を浴びることが容易である

・チャンスを与えられる機会が圧倒的に多い

・一目置かれる

・謎の説得力を持てる

 

"人と違う"という能力のデメリット

・目立ちたくなくても目立つことが多い

・人に理解されないこと共感が得られないことが多い

・自分の普通は基本否定される

・勝手に近づかれ勝手に期待と違ったと言われることが多い

 

このメリットとデメリットに"偉大な悪魔的能力"と言われる所以が全て詰まっている

 

メリットに関しては、とにかく大衆の中で発揮されることが多く、

感覚的に

この場面で

この発言をして

この間で

このジェスチャーをすれば

大衆が動く!

ということが一瞬で脳に焼きつき

(ワンピースの見聞色の覇気みたいな感じ)

後は僕が演じるかどうかだけの状態になる

実行すれば100%支持されるし、実行しなければそのまま事が進むだけ

これは実行すれば、とにかくアドレナリンが出まくるし、

気持ちいいしその流れに乗った時の私は大衆を思いのままに動かす事ができた。

感覚的な支配術に近いと思います。

 

デメリット、、、

この中でも

 

・人に理解されないこと共感が得られないことが多い

 

これはとにかく私を苦しめ多くの"人と違う"ことに憧れる人が理解していない点です。

本当に"人と違う""個性的"とは演じ、後天的につけることをお勧めします。

常時"人と違う"とは何を感じても意見を持ってもストレスを感じても基本的には

理解されないです。

いい言葉で包んでいますが、"人と違う"とは"ズレている"ということなんですよ

辛い事があってもストレスに感じる事があっても基本は自分の中で気持ちに決着をつけなければいけません。

とても孤独です。

何気なく発言した事で

(えっ、、こいつ何言ってんの?)

という軽蔑の顔で見られるときは、何度経験しても酷く傷つきます。

自分の中では普通なのですから

 

感覚の共有とは多くの人が持っているとても幸せな能力です。

当然私にも備わっている能力ですが、

多くの場合すでに「意見を言わないでおこう」というストッパーはかかりっぱなしで、この言葉を言えば共感されるんじゃないかな?という当てずっぽうの言葉を投げています。

皆に対して言っている私の意見は多くの場合誰かのロジックの模倣であり、常に誰かを演じながら生きています。

「この状況ならこの人のロジックパターンがいいのではないかなぁ」というような感じ

 

この能力は爆発的なスター的魅力と常時毒を食らっているようなデメリットが混在し続ける能力です。

 

そしてこの能力がここ一年

"面白い"

"独特"

"引き込まれる"

と言われる事が多くなって来た

そしてそれは、表現の世界で言われる事が多い

このブログだってそう

人生哲学という名の意見もちょっと捉え方が変わっている

絵や造形でもそう

自分の世界観をイメージしたものだったり、直接的な表現を避けた伝え方をしたときに静的な魅力を発揮できるらしい

(感覚的な支配術が動的な魅力)

もともと職人気質な僕にはかなりのもってこいの方法

ただこれまで感覚的に捉えていたものを具現化するというのは非常に難しく

人に邪魔されない自分を見続ける物理的時間が必要だった

だから自分の時間を圧倒的に増やしている

 

この時、私は初めてこの能力を好きになれましたね。

今まではこの能力に頼りっきりにながらも呪われてるとずっと思ってましたからw

 

・コミュニケーションが得意だが好きじゃないこと

 

これは悪魔的能力とつながっている部分ではあるのですが

とにかく人が何をしたらどうなるのかが感覚的に手に取るようにわかる

しかしこの能力に反して僕は人と交流するのがとにかく好きじゃない

これは単純に人に興味がないからである。

 

こればっかりはもうしょうがないことである

興味とは

知らないもの、段階、レベルに対して

または、印象的な体験の追体験をしたいという事柄に対して湧き上がるものである。

 

私は人の感情がわかるわけではないが、人をどう動かせるかということはわかるという経験がある

これは、今人を動かせるかは関係なく能力を発揮すればわかるぞという慢心こそが

興味を失わせている。

やる気出せばいつでも人を笑顔にも不機嫌にもできる

その慢心は、人に対しての興味を奪っていった

 

これは誰もが経験した事があるし今も現在進行形でしている事だ!

というかそれの連続である。

それがなければ専門性という言葉は生まれなかっただろう。

当然専門的な人の能力の方が私に比べて優れている事は明白である。

 

人は苦労せずに手に入るものに興味が湧かない

 

こう考えるとハングリー精神やコンプレックスなどを活用した努力というのは

やっぱり強いなぁと感じます。

 

劣っている事こそが優れているという事

優れている事こそが劣っていると言う事

 

劣っている事自体が別の価値を生むこともあるし

劣っている事をバネに優れている人よりも優れる存在になることもある

 

そういう事で私にとってコミュニケーションとは、興味のない分野なのですよ。

だから当然したくないことはしたくないですし、

それによって失う事があっても構わないと思っています。

フリーの事業も人との交流が最低限でも成り立っているし、そんな私を受け入れてくれる人のみで構成されている。

(全く人と会っていないわけではないですw)

 

ただねぇ

人とコミュニケーション取らないことによって

コミュ力がめちゃめちゃ下がりましたwww

僕の中でコミュ力とは以下の図のように構成されていると感じていて

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コミュ力技術の習得はだいぶ進んでいるのですが、その技術のコストがとにかく爆上がりw爆上がりw

人と話せたもんじゃないですねw

これは唯一良くないなぁと思ったことですね。

 

・自分のできる範囲で頑張ろう!!という思想に落ち着いた結果やらないことが一番やな!と思ってしまったこと

 

政治や経済、お国のシステムの勉強をしていくと明らかにあぐらかきながらあからさまに「俺、問題ですけど何か?」と言う問題で溢れかえっている、もう問題の方も隠れる気ないものwww

なんだったら煽ってくるもんなぁw

「えっ?ようやく気づいた?w」ってw

でもそれと同時にもう一つ気づくんですよ

「これは、俺が発見したところでどうやって解決するんだ?規模大きすぎる問題だしなぁ」と

その率直な疑問を社長さんとかにぶつけると

「そうなんだよねぇ他にもこんな問題とかがあってねぇ」と追加で問題を乗っけられる

そして多くの社長さん達の意見は

「規模がおっきすぎるから自分のできる範囲で人のために社会貢献していく」

と言う

ごもっともすぎる意見だった

問題の本質を自分が解決できないことを認め、

それでも社会にある問題を自分の得意分野でどんどん解決していく

 

なんで解決しに行かないんだよ!!!

本質を解決しに行かないとやばいだろこれ!!

と言う思いもあった。

でも知れば知るほど

もっと前にするべきだったのか、、、と、

声をあげるタイミングを逃したことに気づいている人が多いことにも気がついた

「問題を解決するべきだろ!!」と言う思いを本気で持っているのであれば

まず私は生まれる時代を間違えたことに気づいた

もう後の祭り

 

まぁそんなこんなで

時が来るまでずっと準備期間にして行こうかなぁと思いまして、

頑張ることをやめ、準備をし続けることに注力しようかなぁと

このままいけば必ず本当の意味で自分達で生きて行かなければいけない時代

に突入する。

その前までに準備を進めようかなぁと

今から始めても準備が整うことはなさそうだができることはやらなければならない。

 

今の制度的に言えば土地、車は持たない方がいいが

もっと先のことを言えば持っておいた方がいい

土地のない国などないのです。

 

そんなこんなを知って考えていたらまぁ頑張らず最低限暮らしてダラダラしていようかなぁと思いましたねぇw

死にはしないしいいかぁなんてねw

 

社会にいては社会の流れを客観的に追うことは難しい

 

その4つが私が人に会わない理由ですね

 5000文字!!!!

誕生日も過ぎちゃってるし!!

何してんねんww

贅沢な時間の使い方やなぁ

最後まで読んでくれた人に感謝

君は立派なシューリーファンだ!!w

センキュー

読んでくれた!それが何よりの誕生日プレゼントだな

 

以上